Bande à pierrot

ティム・バートン、テネシー・ウィリアムズ、アレハンドロ・ホドロフスキー。

【旧作振り返り】映画『髪結いの亭主』感想 初恋と最後の恋は似ているというけれど

その時も良いと思っても、「これは後から絶対に思い出す作品になる」という映画がある。先日観た髪結いの亭主』は、私にとってはその作品の1つとなった。

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(この記事は映画『髪結いの亭主』のネタバレを含みます。)

 

髪結いの亭主』は1990年に公開された、パリス・ルコント監督作品

この物語は主人公のアントワーヌが、真っ黒な壁を背景に自分の頭を剃っているところから始まる。「頭には思い出がいっぱいだ」そんな台詞とともに、映像は一気に明るく暖かなものへ。12歳の夏、ノルマンディーで過ごしていたアントワーヌの記憶だ。

少年アントワーヌは理容室の女主人、シェーファー夫人に対して甘い感情を抱く。初恋であり、“性の目覚め”。そこからアントワーヌは「将来大きくなったら女の美容師と結婚する!」という夢を抱く。そして大人になり、彼はサロンで働く美しい美容師マチルドに出会い恋をし、2人は結婚するのだが...

 

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ふんわりとした暖色を基調とした映像、タイル張りのサロン。マチルドの赤いドットのワンピース、花柄のワンピース、スカートからすらりと伸びる足、ちらりと見える柔らかそうな胸。とても“お洒落”で、甘美な映画だった。しかし甘美なのはアントワーヌの回想の中のこと。真っ暗な背景で語る現実(現在)との対比といったら...

 

“男”“女”の対比もすごくなされていたと思う。

性に目覚め、恋心を抱いたのは女性美容師。そこからアントワーヌは“理想”を追い求める。“美容師と結婚する”という夢を。無事に美容師であるマチルドと結婚、アントワーヌはいつだって店に居座って、自分の理想像であるマチルドを眺め、時には働いている時にもちょっかいを出したりする。アントワーヌはノルマンディーで過ごした、12歳の少年の時のままだ。時折彼が踊る、店の雰囲気にとても合っているとは言えない“変な踊り”を踊るのは、自身を夢から覚めさせないようにする一種のまじないのようなものだったのではないか、と思う。

 

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対してマチルドは孤独な女性だ。「私には過去がないの」という台詞もあるように、彼女は1人で生きてきたのだろう。しかしアントワーヌに出会い、愛し愛される喜びを知る。しかし愛や幸せを知るということは、リスクを伴うことでもある。気持ちが深くなればなるほど、失う恐ろしさは膨らんでいく。「愛している振りだけはしないでほしいの」というマチルドの台詞には、そんな悲痛な思いが込められていたのだろう。甘い夢に浸っていたその時のアントワーヌは、彼女の言葉の重みを受け止めきれていたのだろうか...

 

愛が最高潮に達した時、それを止めるにはどうすればいいのか?マチルドがとった選択肢しかないのだ、きっと。

こういった映画を観ると恋愛は幸せなものだけれど、恐ろしく危険なものであると思う。2人だけの世界、とことんお互いを愛して酔いしれて、愛しているからこそその瞬間が終わってしまうことに怯えて。本当に恋に身を投じたら、マチルドのような行動に出ることはあるんじゃないのかと思えてくる。

 

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この作品のテーマには“思い出”もあるんじゃないかと思う。思い出はいつだって美しい。その証拠に、回想シーンで現れるシェーファー夫人の遺体は、死んでいるのに伸びた白い足が印象的に映されている。マチルドもそうだ。アントワーヌの中でシェーファー夫人とマチルド、2人の女性は美しい思い出として生き続けるのだろう。そう考えると“10年はあっというまに過ぎた 喧嘩は一回しかしなかった”という台詞があるが、もしかしたら小さないざこざ(というか、マチルドが1人で思い悩んでいたこと)はもっとあったんじゃなかろうか...彼の中で“神聖な思い出”として美化されているだけで。それは悪いことでは、決してないのだろうけれど。

 

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2人だけの世界で愛し合うアントワーヌとマチルドは、幻想と現実を行き来する姿はとても美しかったし、愛おしかった。今後アントワーヌはもう“理想”を追い求めることはせず、少年時代の初恋の呪いに縛られることなく歩んでいくのだと思う。綺麗な思い出に浸るのも良いけれど、現実の一瞬一瞬にもそのような愛おしさや美しさを見つけることができたらすごく幸せだなと思えた。甘くて苦い恋愛の難しさをまた改めて教えてもらった作品だった。もう少し大人になったら、主人公どちらかに強烈に感情移入してしまうこともあるんだろうか...