Bande à pierrot

ティム・バートン、テネシー・ウィリアムズ、アレハンドロ・ホドロフスキー。

駆け抜けて性春

「そのときぼくは、とても作家にはなれないと思いました。だってデイジー・ハニガンとこの十分間に感じた幸せを、ぼくはどんな言葉を使ってもとうてい表現できないからです。」

 

夏に続いて再び東京グラフィティさんに文章を載せて頂いた。今回はレギュラー企画“カルチャー好きに聞く”、お題は“好きな相手に愛を伝える美しい台詞” 伺った時に喉から照れて変な声が出てしまった。笑 真っ先に、というよりこれ以外に私が選びたい台詞は思いつかなかった。2018年に亡くなった偉大な戯曲家ニール・サイモンの作品、『ビロクシー・ブルース』より。

これは作者ニール・サイモンの自伝的作品である。舞台は第二次世界大戦下、新兵訓練キャンプ。主人公ユジーンは戦争中に三つの目標を達成することを誓った。それは作家になること、生き残ること、そして童貞を捨てること!キャンプで出会った個性豊かな新兵たちと異なる価値観を共有し、時には衝突し、そして出会った淡い初恋...この台詞はユジーンが初めて恋心を抱き、彼女とお別れしなければならない時に発せられる台詞だ。もう直ぐ死と隣合わせの戦場に赴くというときに出くわした初恋、自分の中に湧き上がる胸が苦しいほどの愛おしさと切なさに彼はひれ伏し、まだこの感情を書き並べ洗わせるほどの言葉を自分は持っていないんだと絞り出すのだ。しかしユジーン...ニール・サイモンは生き残り、作家になった。仲間たちが次々と戦地に足をすくい取られていくのを見、『ビロクシー・ブルース』を書いた。この戯曲は決して難解な言葉が並べられたものではない。等身大の若者たちの言葉で構築され、その言葉に宿る感情がすべて真実であるからこそ胸をうち、笑顔にさせ、涙させる。

 

そして、当然のことながら、私はこんな経験をしたことはないから、この台詞を彼に送るわけにはいかない。笑 というか、図々しい。笑 ただ作家になりたい、物書きになりたいと考え毎日文章をノートに綴っている若者が、恋愛感情を前にああだめだ、こんな瞬間書けるわけがないよと手を握りしめてため息をつく、その瞬間と彼の幸福とある種の落胆、それがシンプルな文句とともに伝わってくるこの台詞はこれからもずっと特別だと思う。小説家になりたい。私も毎秒毎日そう思い、書いている最中だから。

 

恋愛のことをを例えばSNSなど友人以外も閲覧できるような場所で書くのは妙な気持ちになるし、恋愛は本当に“私とあなた”が満足し幸せを感じているならそれで良い、社会の風潮やらこんな彼氏彼女がいいやら全く気にすることではないと思うから、恋愛のエピソードを含めるのは不思議な気持ちだったけれど、自分の恋愛とこの台詞を選んだ感情を照らし合わせて考えるのは面白い経験だった。「ぼくは作家にはなれないと思いました。」全くドラマチックな世界には生きていない。朝起き、電話をし、彼は眠る。私は学校に行く。彼が目をさます。おはよう。私は眠る。いきなり持ち物に大金が入ってたとか、二人でメキシコやらフランスに行くやら、そんなことは起こらない。彼を見ていると、私はゆっくりとでも書き続けようと思う。ただそれでも、時折彼の姿を思い浮かべると、やはり余計な言葉はいらないような、いくら並べたところで結局ただ一つの言葉に収束してしまうような...そんな消失と衝動を繰り返しながら現実の生活は続いていくんだろう。このブログいつか絶対消す。笑