Bande à pierrot

ティム・バートン、テネシー・ウィリアムズ、アレハンドロ・ホドロフスキー。

【ネタバレ解説】ジョン・ル・カレ『スマイリーと仲間たち』「あなたは私の法、彼は無法」アンとスマイリーの愛の形とは

こんにちは! Moekaです。

ついにやっと読み終わりました、ジョン・ル・カレの『スマイリー三部作』

最終章の『スマイリーと仲間たち』(1979)

あと五部作で読んでいないのは、一番最初の『死者にかかってきた電話」。はやく読まなければ...笑

 

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『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』『スクールボーイ閣下』に続く、老スパイジョージ・スマイリーの静かなる闘いを描いた『スマイリーと仲間たち』。そのタイトルのとおり、スマイリーをめぐる人々が大集結。アン・スマイリー、コニー・サックス、トビー・エスタヘイズにオリヴァー・レイコン、ピーター・ギラム、今は亡きビル・ヘイドン、そして宿敵カーラ。物語にそって少しずつ彼らとの過去、つのる愛情と憎悪、スパイとして生きてきた自分の内省ーー後悔であったり懺悔であったり、静かに閉じ込めている憤りであったり。そういった感情的な部分が深く深く綴られていたように思います。読みはじめから興奮がとまらなくてどんどん読みすすめて、終わったいまちょっと感傷的な気持ち...

 

この記事では『スマイリーと仲間たち』のあらすじ、スマイリーのアンやカーラに対する思い、印象的だった台詞や節などをご紹介していきたいと思います。

 

(この記事は『スマイリーと仲間たち』のネタバレを含みます。)

 

物語は老女性、マリア・アンドレーイェヴナ・オストラコーワがパリの街角をひょこひょこ歩いているところから始まります。この彼女には夫であるオストラコフと一緒に、ソ連からフランスへ亡命してきたという過去がありました。この女性オストラコーワ娘アレクサンドラが、のちのち物語の鍵を握ることになります。

 

そのころ。元英国情報部“サーカス”の指揮官であったジョージ・スマイリーは、時代の流れとともにスパイたちも出番が少なくなり、引退生活をしていました。そんなある日彼に夜遅く、英国情報機関主席監視役のオリヴァー・レイコン(レイコンは生理的に不快な男らしいです(笑))から一本の電話がかかってきました。それは「老亡命者、“将軍”ウラジーミルという男が殺された」というもの。将軍は元工作員で、スマイリーはその指揮官でした。事件を穏便に解決したい情報部は、スマイリーに解決をまかせようとしたわけです。

 

調べるにつれスマイリーは、将軍を殺したのはソ連情報部、カーラの仕業と確信します。カーラは将軍が手に入れたある証拠を隠滅させるため、彼を葬りさったのでした。その証拠とは、カーラを失脚させるにいたるものだと判明。スマイリーは長年の宿敵であるカーラを失脚させるために、工作員たちをかきあつめて闘いに挑むことになるのです。

 

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長年の同業者であり友人であったビル・ヘイドンが裏切り者であるということがわかった『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』。ビルのせいでボロボロになったサーカスの立て直しをはかった『スクールボーイ閣下』。前作『スクールボーイ閣下』ではスマイリーは“準主役”的な位置にありあまり登場はしませんでしたが、『スマイリーと仲間たち』では堂々のずっと登場です。笑 

 

映画『裏切りのサーカス』では登場回数の少なかったサーカスの工作員たちもたくさん登場します。サイモン・マクバーニーが演じたオリヴァー・レイコン

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英国情報部点灯屋の元責任者デヴィッド・デンシックが演じたトビー・エスタヘイス

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この蝶ネクタイ嫌いだったなあ...笑

ソ連分析官の女性、キャシー・バーク演じるコニー・サックス

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などなど。登場人物が多いので、俳優さんを思い浮かべて頭のなかに風景を広げて読みました。でも小さなキャラクターでも例えば髪の色だったり瞳の色だったり、ちょっと不快なやつとか清潔そうな人とか、そんな描写がとても繊細なのでイメージしやすい!ル・カレ御大作品の魅力のひとつだと思います。

 

この作品ではあのビル・ヘイドンの描写もたいへん多いです。サーカスと国を裏切り、そして自分の妻であるアンの愛人であったビルに対するスマイリーの憤怒や嫉妬、どうしようもない気持ちがたいへん伝わってきます。

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アンとスマイリーは、『スマイリーと仲間たち』では別居しているんですね。でも途中でアンから電話がかかってきて、彼女は復縁をにおわせます。その時のシーン。

古傷を忘れ、愛人のリストを忘れようというのだ。ビル・ヘイドンを忘れようというのだ。いまも彼が手を伸ばしかけるたび、彼女の顔にその影をおとすビル。彼がその記憶を身内にいっかなひかぬ痛みのようにとどめている、あのサーカスの裏切り者。彼らの世代の花だったビル。人を笑わせ、人を魅了した男。天性の欺瞞者ビル (P220)

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(彼らの世代の花かあ...納得)

 

アン・スマイリーの男遍歴はビル・ヘイドンだけではなくて、他にもたくさん浮気はしております。なんでも“一軍”と呼ぶボーイズたちがいたんだとか。笑 でもスマイリーはどんな男よりビル・ヘイドンに対する嫉妬や憎しみは、比べ物にならないほど大きいみたい。

 

アンに対するスマイリーの気持ちは、文章中からたくさん読み取ることができました。

彼(将軍の副官だったミケルという男)が妻のうしろ姿をみつめている表情が、覚えのあるものだがほんの一瞬、なんだっただろうといぶかった。それは絶望と情愛のいりまじった、依存と不快の板挟みの表情であった。気がついたときスマイリーは、胸の悪くなるような共感をもって自分自身の顔をのぞきこんでいた。バイウォーター・ストリートの家にあったアンの金縁の鏡の中に、いまのミケルと同じ充血した目で、あまりにもしばしば見かけた顔である。 (P198)

 

スマイリーにとってアンは幻想であり、弱さ。アンにとってスマイリーはどんな存在であるか。こんなことを彼女は言っています。「女って無法なのよ。あなた(スマイリー)は私の法。ビル・ヘイドンは私の無法アナーキー)」

 

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アンと別れてからスマイリーは心が半分。空虚です。無性に彼女がほしくなった。彼女のいない周囲の空間がたえがたく、彼女が大きな声でよびかけて、あなただけが真実最愛の人、障害ほかにはだれもほしくないというときの、あの笑いにふるえるからだが恋しくてならなかった。(P232)」 アンのことを愛していますが、しかしそれと同時に悟っています。

 

彼女を愛しても、無関心になっても、呪いにも似たひややかさをこめてながめても、彼女は去っていくのだ自分で自分がわからないのでは、きみのことがどうしてわかろうか。 彼女は彼がのぞむ女であり、彼には縁なき相手、彼がなにもかも知り尽くしている相手であった。 (P439)」

 

一緒に長い時を過ごしてきた人との別れ、幻想が砕けていく脆さ、怒りを抑えることの苦痛、そして途方もないやるせなさ。アンの影がちらついているときのスマイリーの描写は、本当に切なかったです...

 

これまでスマイリーシリーズを読んできましたが、どの作品でも彼らの恋愛感情が色濃く描かれています。それは愛情が人間の尊い感情の一つであるのと同時に、“弱さ”でもあるから。スパイにとっては最大の弱さであるからなんですよね。ああ、切ない( ;  ; )

そうだ、『裏切りのサーカス』で重要なポイントとなった、スマイリーの“金のライター”!『スマイリーと仲間たち』ではこのライターについてよく知ることができ、重要なポイントになります。このライターは60年代、デリーの刑務所でスマイリーがカーラと会った時に、彼にタバコをすすめて渡したものカーラはスマイリーのライターをずっと持っていたというわけです。

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アンからプレゼントされたライターには、こんな文句が刻まれています。

「アンからジョージへ 愛のたけをこめて」大きな愛と小さな愛があるというのがアンの口癖だったが、その献辞を考えた時、彼女はどちらもスマイリーにそそいだ。あとにもさきにもただいちどのことだった。 

 

 

ここから『スマイリーと仲間たち』の本格的なネタバレにはいります!

 

最終的に、スマイリーはカーラに勝ちます。ついに長年の決着をつけるんです。

カーラも一人のスパイである前に一人の人間であった。スマイリーにもアンという弱さがあるように、カーラにも人間の愛情や愛着というものがあった。スマイリーはその弱さを利用して、カーラを倒します。その終わりを告げるのは、あの金のライターが落ちる音。ここを読んだ時に一気に虚脱感というか...(言葉にできない)

スマイリーとカーラは対のようなものバットマンがいてジョーカーがいるように、シャーロック・ホームズがいてモリアーティ教授がいるように、彼らはお互いに敬意をはらう優秀なスパイ同士であり、運命の敵同士、というべきでしょうか。

 

(スマイリーがカーラについて調べているとき)カーラの過去深くはいっていくことは、それだけ自分の過去にもはいっていくことで、ときどき一方の人生は他方の人生の補足にすぎないのではないか、両者はおなじ不治の病の原因なのではないかと思うことがあった。(中略)自分の人生に苦しみが不足しているとは思わないが、それだけのものを(ロシアの苦悩、革命動乱、無造作なまでの野蛮)つきつけられては、いかにも自分が卑小で軟弱なものに感じられるのだった 。(P432)

 

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本名さえも知らない宿敵。一人の女からもらったライターを共有した宿敵。なみなみならぬ憎悪をわかせ、執着した宿敵。その決着をつけたとき、まわりはスマイリーに言います。やっと終わったなと。それに対してスマイリーは答えます。「うん、そうだな、そうかもしれない。」本書のあとがきのお言葉を借りるなら、“勝利を曖昧に肯定”して幕を閉じるのです。

 

シリーズを通してこの主人公、ジョージ・スマイリーは好きにならずにはいられません。そして人を欺いていきること、人の裏側を探りながら生きるスパイたちの悲哀を感ぜざるをえません。ひとの弱さや人間関係で生まれる様々なひずみや予期せぬできごと、権力、争いというもの、国というもの、淡々と語られる中にある強く揺るぎなく見えるスマイリーの強さは、ご自身もMI6であったジョン・ル・カレだからこそ表せるものなのでしょう。

 

もう一回全部読み返さないと、いやあと何回もシリーズを読まないと、もっともっと深層部分にはたどり着けないと思いますが...でも次の新作ではまたスマイリーが帰ってくるんですもんね!いったいどうなってることやら!21世紀に執筆されるスマイリーシリーズは初めて?ですもんね!

 

では最後に癒しの『裏切りのサーカス』写真で、またまた👋笑

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